
原点にあるのは、“畳を残したい”という想い
「畳文化を次世代に残したい」──
それは高校生の頃からずっと、心の奥で変わらずに抱いてきた想いです。
※このお話は「第二章」です。
ミニ畳との出会いから始まった第一章も、よろしければご覧ください。
「畳屋を継ぎたい」と伝えた、あの日
実は高校生の頃、父に「畳屋を継ぎたい」と土下座してお願いしたことがありました。
でも、答えは即「却下」。
それでも諦めきれず、畳のある空間をつくれる建築家を目指し専門学校へ。
……けれど、建築法規や力学に苦戦してしまい、あのブラック企業に就職することになります。
その後、ワーキングホリデーを利用してオーストラリアへ行き、波乱万丈紆余曲折あってたどり着いたのがミニ畳作りでした。
「ちゃんとした畳屋じゃない私」が選んだ「専門店」という道
畳の家に育ち、でも畳屋を継がせてもらえなかった娘の私。
だからこそ、私には、固定観念のない自由な発想で作れる畳がある。
それが──
「畳屋に染まっていないからこそできる、小さな畳」でした。
とはいえ、「本来の畳の作り方も知らない私が“畳店”を名乗っていいのか」──
長い間、その思いに悩み続けてきました。
知識も、技術もない。
“本物”になれないコンプレックスを、ずっと抱えていたんです。
でもある日、ふと思いました。
「だったら、そのまま名乗ればいいんじゃない?」と。
“ちゃんとした畳屋”ではないからこそ作れる畳がある。
ならば、あえて「ミニ畳専門店」と名乗ればいい。
私には私のやり方で、畳を伝える道があるはずだから。
ミニ畳<Joe>という名に込めた、ちょっと適当で少し真面目な理由
ちなみに──
私のミニ畳には、〈Joe〉という愛称をつけています。
正式には、Chonan’s TATAMI<Joe>。
“Chonan’s”という表現は、実はブラック企業時代、最初の上司に「ちょうなんず」と呼ばれていたことが、ほんのちょっぴり影響してたりします(笑)
そして<Joe>は、「畳(ジョー)」という漢字の音読みから。
畳という日本文化を、海外の人にも親しんでもらえるような名前にしたい──そんな想いでつけました。
そんな親しみやすさと、ちょっとした遊び心を込めて名づけたのが、<Joe>です。

せめて看板は引き継ごうと、昭和20年ごろの写真に写る長南畳店の手書き看板から畳文字だけを切り取り、自作した旧ブランドロゴ。

正式に自分の畳店をスタートさせるにあたり、初めて
新しいロゴについてはこちらに綴っています。
よろしければご覧ください👐
「長南畳店」という屋号に込めた、ふたつの意味
私は、“長南”という名前で生まれ、
そして“長南”という名前の人と結婚しました。
新宿で続いていた実家の「長南畳店」は、もう10年以上前に幕を下ろしました。
でも今、私は正式に「長南畳店」を名乗り、また新たに畳屋を始めています。
それは、旧・長南畳店の復活のようでもあり、
結婚して再び「長南」という名前になった私が立ち上げた、まったく新しい畳屋でもあります。
つまり──「家業を継いだ」気持ちが半分。
「自分の人生でオープンした畳屋さん」でもあるのです。
小さな畳に込めた20年分のありがとう
家業のようでいて、でもこれは私の人生の中で生まれた畳屋。
20年目の節目に、もう一度この名前と向き合いながら、
これからも“小さな畳”を届けていけたらと思います。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。