about me

  - 主な参加イベント

2006年 ボックスギャラリー @表参道ヒルズ
2006年『和のアート・クラフト展』@東京プリンスホテル
2007年『新宿OZONEクラフトマーケット』@リビングデザインセンターOZONE
2007年『あ~てぃすとマーケット』@横浜赤レンガ倉庫
2010年『Japanism Art Exhibition#2』@The Artcomplex Center of Tokyo
2011年『New York International Gift Fair』@Pire92,New York, USA
2011年『デザイン・フェスタ』@東京ビッグサイト
2015年『リトル・ママフェスタ TOKYO 2015秋』 @池袋サンシャインシティ
2016年『帯留め展』@雑司が谷「展示室 showroom」
2018年『横浜絹フェスティバル』@横浜港大さん橋国際客船ターミナルホール
(チームJ-culture2020ブースにて[畳でおもてなしプロジェクト]の一員として参加)

 

  - プロフィール

長南畳店 長南里美 Satomi Chonan

長南 里美(ちょうなん さとみ)

-1980年 東京都新宿区北新宿 長南畳店生まれ。

-幼少期はお店の隅で畳の切れ端で遊び、釣り・お祭・ジャズなのどの趣味嗜好、ものづくりに関して完璧主義という面も頑固親父そっくりな娘に育つ。

-高校時代の反抗期終盤、何かをきっかけに職人である父親を尊敬するようになり、いつしか『畳を次世代に残したい』『長南畳店を残したい』と強く思うようになる。そこで土下座して畳屋を継ぎたいと申し出るも、北新宿という都市開発が進む土地柄と女であることを理由に却下される。

この、畳・家業への強い思いを綴った高校3年生の時の作文『将来の夢』は、T.O.P奨学会の銅賞に選ばれ奨学金10万円を受賞。

-1998年 畳屋は断念したが畳を残す建築家になろうと建築工学科(3年制)の専門学校へ進学。3年生の時に念願の特待生に選ばれ、授業料免除分をボストン短期留学費に回してもらい初海外へ。そこで得た刺激と価値観の変化は、自身の生き方に大きな影響を与えた。

-2001年 建築家になる才能は無いと悟った卒業後は、住宅関連会社に入社。
木材・建材・インテリアの3社分の名刺を使い分けながら、イタリアとの貿易、家具の直輸入販売やコーディネート業も行う。
翌年、南青山にオープンさせたインテリアショップの店長に就任。店頭販売からネット販売・代理店・貿易・コーディネートをこなす。

この頃、再び畳に対する想いが膨らみ始める。

仕事に充分な遣り甲斐を感じる一方で、一人勤務の過酷労働、パワハラや理不尽な会社組織に心身ともに耐え切れず退社。

しかしこのブラック環境で得た忍耐力と精神力や、広く浅いパソコン知識はその後の社会人として、また畳活動する上で大いに役立つこととなる。
そして私の『誠意ある対応』の原点はここでの大失態から生まれた。

-2004年 「人生は一度きり。人間はいつ死ぬか分からない」を友人から学んでいた私は、以前より心に秘めていた「海外へ行きたい」「英会話を学びたい」という想いを実行すべくワーキングホリデーを利用しオーストラリアへ約1年間渡航。

今後の人生を考える旅をする中で、出逢う日本人の若者達に『畳』について話を聞きまわり、『日本人はやっぱり畳が好きで、どこか畳を恋しく思っている』『日本人には畳文化のDNAがある』と確信する。

-2005年 帰国後『畳が好きだけど住宅事情で諦めている若い人達に受け入れてもらえるようなミニ畳』『国内外・老若男女問わないデザインの畳』の制作を開始。

祖父に鼻で笑われ、父に邪道と言われる中、試行錯誤でミニ畳<Joe>を誕生させ、父非公認のまま、畳屋を継がせてもらえなかった『自称 長南畳店四代目』として、OLの傍ら活動開始。
mixiやブログのご縁でネット販売やイベント出展・委託販売に挑戦。

-2006年 共同通信社の取材で全国地方新聞に掲載。
この頃から、オーダーや委託販売、海外へ旅立つ作品が増えたことで、次第に父から邪道と言われなくなり、ほんの少し協力してもらえるようになる。

-2008年以降 結婚・出産・育児。そしてまた出産・育児で長い開店休業期間を経て、現在はミニ畳専門店 畳プロデューサーと称して主にネット販売中心に活動中。

主な資格 
・玉掛け&小型クレーン免許
・福祉住環境コーディネーター2級
・カラーコーディネーター2級

長南畳店3代目と自称4代目

- Professional Employment

1980: Born to a tatami dealer in Kita-Shinjuku, Shinjuku Ward, Tokyo.
2001: After studied the architectural engineering, I joined a companyof housing materials and interior.
2002: Took up the store manager of an interior shop importing directly from Italy in Minami-Aoyama
2004: Stayed in Australia for about one year.
2005: As the fourth generation of Chonan tatami dealer, developed the Joe, and started my own activities besides working as an office worker.

I now work besides making efforts on child-raising at Itabashi Ward, Tokyo Japan.

昭和26年頃の長南畳店

この手書き看板をロゴに使用しています。
PAGE TOP